『世界一美容師と言う仕事を楽しんでいる美容師になること』
最初は文化祭当日、他校から女の子がくるからと、男子トイレでなれないアズイズと言う当時1番有名だった笑ジェルで友達の髪をスタイリングしてるのを見た友達が
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『たかちゃん美容師さんみたいだねー』
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『あーそぉ??だって俺美容師になるしね』
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そんな想いなどないのに、この一言を発したのはただのカッコつけでしたが、中2、中3となりヘアカタログを見たり、女の子の友達がみてる女性誌を借りてみたり、おしゃれなことや髪の毛をいじることが楽しくなり興味を持つようになりいつしか本当になりたいと思うようになっていました!
中3の時に東京には高校なのに卒業と同時に高卒資格と美容師免許を取得できる(合格の場合)と言うのを見つけて、これなら最短で美容師になれるし、周りの同じ年の人よりもっともっとキャリアをつんで前に進める!
よし東京に行こう!!
と、両親にも伝えても案の定と言うか、高校は地元に行ってくれと言われましていけませんでしたが笑
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もともと部活にも夢中だったので、体を鍛えるため新聞配達をやっていたものの、なんとお給料がもらえるので、それをお母さんが毎月ずっと貯めておいてくれたのをもとに、高2の時から毎週日曜日朝一の新幹線で当時東京の駒沢大学駅にあったヘアメイクハイスクールと言う東京に住んでる高校生が通うヘアメイクスクールに通い夕方終わったら、買い物と勉強をかね原宿や表参道の美容室に行って最終の新幹線で帰る、これを約1年くらいやって1人だけ皆勤賞でした笑
そのままそこの専門学校部門に進みましたが入学前からの計画通り1年でやめ、お客様をめちゃくちゃ大切にしたい思いを受け止めていただけた上で、お客様へ理由がしっかり説明できるカット理論、当時美容の街と言われカリスマ美容師がごまんといる青山界隈でダントツにカットが上手い美容室へとの思いからそこに就職しました!
学校を1年でやめた理由は、美容学校の場合は1年生はお人形で基礎、2年生からは友達や知り合いなど人間相手にやる、で、国家試験受けて就職
と言うのが普通の流れだったので、だったら1年目でヘアメイクの基礎を固めて、2年目からは就職して本当の現場で友達じゃなくお客様を相手に勉強しながら頑張った方が絶対良いと思い辞めて就職の道を選びました!
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ただでさえ、高校卒業時点で免許もって現場で働いている人がいるかもしれないわけだから、すごく挽回しないとと思っていた記憶があります!
そしていざ就職へとなった時にいくつか入りたい美容室がありましたが、カリスマブームの名残がまだあったので、有名店ともなると面接もすごい倍率でした!
一つは世界的にも有名なロンドンの美容師のもとで技術を身につけて帰国してお店を立ち上げたオーナーのいる美容室
こちらは高校の時からカットカラーで通っていたのですが、当時担当していただいていたディレクターと言う偉い方が『なるほどね、学校辞めたんだ!うち月150人受けてるけど伊藤君はめちゃくちゃ情熱的でやる気もビシビシ伝わるから受けたら受かるとは思うけど、楽しくないと思うよ!だって静かでしょ?うちの店笑』
確かに静かにカットしていて、しゃべるのはアシスタントの人くらいでした苦笑
2つめは10人の集団面接受けて合格して、研修中の営業後にオーナーさんから
『伊藤君はどんな美容師さんになりたいの?』と言われ
『とにかくカットがめちゃくちゃ上手いってお客様から言っていただけるような美容師です!』
と言ったらオーナーさんが
『うちじゃなれないよ!笑』と言われました、そう、こちらのお店は当時ギャルブームで金髪にしたりエクステ付けたり、ドレッドやアフロを作ったりと特殊系のスタイルで109カリスマ店員やギャル雑誌のモデルさんなどに爆発的な人気店だった原宿のお店さんだったんです!
調べてる時点でもちろんわかっておりましたが全ての髪型を作れるカットの上手い美容師が僕の目標だったので入りましたが、直々にオーナーから言われたら他に行こうとなりその場で退店しました笑
その後に出会ったお店が僕の美容師として本当の一歩目を歩み始めた場所です!
カットはめちゃくちゃ上手い
南青山にあるのに当時の美容師としては珍しい位にみんなよくしゃべる
しゃべる理由は何ヶ月かに1回しかお会いできない大切なお客様との時間を雑誌を渡して無駄にしたくない思いからのお客様と歴史を作っていくための大切な時間と考えていたからです!
そして何よりお客様をお客様と思わないほどに、愛が伝わるホスピタリティー重視の接客姿勢
目の前の求めていらっしゃるお客様が最重要なので、お店の雰囲気や技術は実際にいらしていただいているお客様や、そのお客様がお友達やご家族にお話していただいた時に初めて伝わるわけで、メディアでは何一つ伝わらず、カリスマと呼ばれているから行こうと言う安易な来店理由を嫌っていたので苦笑
『オファーの電話きても雑誌やメディアにはもう一切ださないからヘアカタログとか特集はお断りしてね!』が、決まり文句でした!
にも関わらず店内は平日11時オープンしてからセット面、シャンプー台が全てお昼には埋まる感じで、待合席は常にパンパン、日曜日は営業前からヘアセットのお客様に始まり営業開始で続々と来店されオープンで2人その30分後にまた4人その30分後にまた2人人、、、終わってみれば1人のスタイリストだけで40人前後のお客様を担当させていただいておりました!
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ちなみに通常はスタイリストの1日担当はチームであっても20人で多いと思いますし、しかもそれを毎日と言うのはありえない状況でした!
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ここだ!
と思い超スーパー体育会系、パワハラブラック美容室で7年過ごし笑、退社後北青山、南青山、渋谷、代官山、恵比寿と経験を積ませていただき渋谷にCACINA TOKYOを立ち上げることができました!
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2020年、皆様のおかげで今年で5年目を迎える事ができました!
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5年前はもちろん、18年前から今も変わらないおもいがございます!
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『関わる全ての方が笑顔で溢れかえりますように』
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